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2026-02-25

千年を生きる「紙」の記憶:安徽省涇県で紐解く宣紙と皮紙、その神秘の製法

2026-02-26




中国・安徽省涇県(けいけん)。ここは書画の世界で最高峰と称される「宣紙(せんし)」の故郷です。山々に囲まれ、清らかな水が流れるこの地には、宣紙、そしてその兄弟分とも言える「皮紙(ひし)」を千年以上にわたって守り続けてきた職人たちの知恵が息づいています。


今回は、手漉き紙の聖地で触れた、知られざる紙作りの裏側とその驚くべき生態系について深く掘り下げます。

1. 「宣紙」と「皮紙」:素材と技法が織りなす境界線

 

一般的に「宣紙」と総称されがちですが、涇県ではその素材と製法によって厳格に分類されています。

 


• 宣紙(せんし): 青檀(せいたん)の皮と、沙田(さでん)の稲わらを絶妙な比率で混合して作られます。青檀は「紙の骨格(強度)」を、稲わらは「墨の表現(吸水性と滲み)」を担う、二人三脚の素材です。


• 皮紙(ひし): 青檀、構(こう)、桑など、単一の樹皮を主原料とするのが大きな特徴です。繊維が長く、宣紙以上に強靭な耐久性を誇ります。

 


• 「一人」か「二人」か: 技法の面でも大きな違いがあります。皮紙は職人一人が漉枠を操るのに対し、宣紙はそのサイズゆえに、二人一組で息を合わせて漉き上げる「抬簾(たいれん)」という伝統技法が守られています。

 

2. 「紙の薬」:キウイの蔓がもたらす魔法の潤滑剤

 

製紙の工程を観察すると、職人たちが「紙薬(しやく)」と呼ぶ不思議な液体に突き当たります。その正体は、マタタビ(キウイ)の蔓を水に浸して抽出した粘液です。
 
この粘液を原料に加えることで、水の中の繊維が均一に分散し、漉枠の上でダマになるのを防ぎます。かつて、宋代以前の紙は非常に厚手でしたが、この「紙薬」の発見によって、現代のような薄く、均一で、滑らかな紙の生産が可能になったのです。

 

3. チベットの秘宝「狼毒紙」と防虫の知恵

 

紙の文化は涇県に留まりません。例えば、チベットの徳格(デルゲ)印経院などで珍重される「狼毒紙(ろうどくし)」。これは「狼毒」という毒性を持つ植物の根を原料としています。
 
この毒性のおかげで、経典は千年の時を経ても虫に喰われることがありません。外側の黒い皮を丁寧に削ぎ落とし、内側の繊維だけを用いることで、驚くほど滑らかで力強い紙が生まれるのです。

 

4. なぜ「紙は千年持つ」のか:自然が与えた長寿の条件

 

「紙寿千年(紙の寿命は千年)」という言葉を支えるのは、涇県の豊かな自然環境です。


• 山泉水の恩恵: 紙作りにおいて最も重要な要素は「水」です。涇県の山々から湧き出る不純物の少ない山泉水は、紙に独特の「潤い」を与え、劣化を遅らせる決定的な役割を果たしています。


• 実証された歴史: 北京故宮博物院に収蔵されている唐代の名画『五牛図』。その支持体には「桑皮紙」が使われており、千年以上経った今もなお、その鮮やかさを保っています。

 

5. 持続可能な循環:自然を壊さない「収穫」の哲学

 

大量の樹皮を使う紙作りは、環境破壊と背中合わせのように思えるかもしれません。しかし、現場にあるのは自然との見事な共生です。

 


職人たちは木を根こそぎ倒すのではなく、成長した枝だけを刈り取ります。刈り取られた場所からは翌年また新しい芽が吹き、2年後には再び原料として使えるほどに成長します。この「再生のサイクル」こそが、古来より続く先人たちの知恵であり、持続可能なものづくりを可能にしています。

 

 

結び:一枚の紙に宿る、11人の職人の息遣い

 

大きな壁画に使われる「丈八(約2.2✕5.5メートル)」もの巨大な紙は、11人もの職人が一糸乱れぬ動きで作り上げる、まさに結晶です。
 
 
機械化が進む現代において、手間と時間を惜しまず、自然の摂理に従って作られる手漉き紙。その一枚一枚には、千年の時を繋ごうとする職人たちの誇りと、安徽省の清らかな水と風が封じ込められているのです。

 

(邵三房)

 


 

 

拓本・法帖・中国書画・掛軸、積極買取中|光和書房

 

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