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董其昌と『蜀素帖』の30年にわたる愛憎劇 ――書画界の「メロドラマ」を追う

2026-01-07



現在、台北故宮博物院の百年院慶「西園雅集」展で公開されている『蜀素帖(しょくそじょう)』。北宋の書家・米芾(べいふつ)が、当時の遊記や送別の詩など8首を記した行書の代表作です。
この傑作は、明・清時代を通じて項元汴(こうげんべん)、呉廷(ごてい)、董其昌(とうきしょう)、陳瓛(ちんかん)、高士奇(こうしき)といった名だたるコレクターたちの手を渡り歩き、最終的に清の宮廷(内府)へと収められました。中でも、明代の大家・董其昌とこの作品の間には、30年余りにわたる、まるで恋愛小説のような数奇な物語がありました。

 

1. 【片思い】偽物でも側に置きたい

董其昌と『蜀素帖』の縁は、彼の「片思い」から始まりました。 若かりし日の董其昌は、長安で『蜀素帖』の模本(コピー)を手に入れたと自称し、自らの法帖である『戯鴻堂帖(ぎこうどうじょう)』にそれを収録するほど熱を上げていました。本物を手にする前から、彼はこの作品に強く惹かれていたのです。

 

明 董其昌 『戯鴻堂法帖』巻十三 明末拓本 ハーバード大学図書館

 

北宋 米芾 『蜀素帖』董其昌題跋之一 台北故宮博物院

 

2. 【相遇】運命の出会いと「強引な」交換

1604年、ついに本物(真蹟)と出会う機会が訪れます。 友人である呉廷が、杭州に『蜀素帖』を携えてやってきたのです。呉廷は、後に乾隆帝の「三希堂」に収められることになる王羲之『快雪時晴帖(かいせつじせいじょう)』、王献之『中秋帖(ちゅうしゅうじょう)』、王珣『伯遠帖(はくえんじょう)』をも所有していたほどの超大物コレクターでした。
 
北宋 米芾 『蜀素帖』董其昌題跋之一 台北故宮博物院
 
この至宝を目の当たりにした董其昌は、内心の激しい動揺を抑えつつ、すぐさま自宅に戻って自慢の蔵品を数点持ち出し、呉廷に「交換してほしい」と直談判しました。呉廷も彼の熱意に押されたのか、この交換に応じ、ついに『蜀素帖』は董其昌のものとなりました。
 

北宋 米芾 『蜀素帖』董其昌題跋之一 台北故宮博物院

 

北宋 米芾 『蜀素帖』董其昌題跋之一 台北故宮博物院

 

3. 【縁尽】空白の20年と嫉妬

しかし、蜜月の時間は長くは続きませんでした。ある時期から、作品は董其昌の手を離れてしまいます。 後に判明したことですが、作品は彼の友人である陳瓛の手元に、20年以上も秘蔵されていました。董其昌はその事実を知った際、嫉妬混じりの気持ちを題跋に残しています。
 
北宋 米芾 『蜀素帖』董其昌題跋之二 台北故宮博物院
 
この間、董其昌は陳瓛の法帖『玉煙堂帖(ぎょくえんどうじょう)』に題跋を寄せたり、陳瓛の息子のために自蔵の『霊飛経(れいひけい)』を貸し出して刻帖させたりと、彼らとの交流は続いていました。それにもかかわらず、陳瓛が『蜀素帖』を持っていることを隠していたことに、董其昌は大きな驚きを隠せませんでした。
 
北宋 米芾 『蜀素帖』董其昌題跋之二 台北故宮博物院
 
 

4. 【重逢】79歳の悟りと別れ

董其昌が再び『蜀素帖』を目にしたのは、彼が79歳の高齢になった時でした。陳瓛の息子、申甫(しんぽ)のもとで三度目の再会を果たしたのです。
 
北宋 米芾 『蜀素帖』董其昌題跋之三 台北故宮博物院
 
この時、董其昌はかつての執着を捨て去っていました。彼はこの心境を、かつて米芾が愛した「硯山(けんざん)」を再び目にしたエピソードになぞらえながらも、「米芾のような(至宝を失った)恨みや悲しみの涙はない」と記しました。陳氏親子がこの作品を大切に扱い、『玉煙堂帖』や『渤海蔵真帖(ぼっかいぞうしんじょう)』といった法帖に収録して後世に伝えてくれたことに、感謝の念すら抱いたのです。
 
北宋 米芾 『蜀素帖』董其昌題跋之三 台北故宮博物院
 
『玉煙堂帖』(左) ; 『渤海蔵真帖』(右)

 

董其昌にとって『蜀素帖』は、単なる書道作品ではなく、30年の人生を共にした「恋人」のような存在だったのかもしれません。 天才たちが時を超えて一つの作品に情熱を注ぐ――そのドラマチックな連鎖が、今日私たちが台北故宮博物院で目にすることができるこの名品を、より一層輝かせているのです。
 
「名品は、持ち主を選ぶのではなく、持ち主の人生そのものを物語の一部にしてしまう。」 董其昌と『蜀素帖』の関係は、まさにそんな歴史のロマンを感じさせてくれますね。
 
 
【次回予告】刻帖に隠された「ある違和感」とは?
物語はここで終わりではありません。陳氏親子は『蜀素帖』を家宝として大切に守り、その姿を後世に伝えるため、『玉煙堂帖』や『渤海蔵真帖』の法帖に収録しました。
しかし、これら二つの刻帖と、米芾が書いた本物の「墨跡」を詳しく見比べてみると、ある非常に興味深い現象が起きていることが判明したのです。
果たして、そこにはどのような秘密が隠されているのでしょうか? 次回のブログでは、その真相について、さらに詳しく「裏話」を掘り下げていきたいと思います!
 
(不同艺)


台北故宮博物院董其昌の書画展サイト

 

 


 

董其昌(1555-1636)、字は玄宰、号は思白、または香光居士、諡号は文敏、華亭(現在の上海市)の人。万暦17年(1589)に進士に及第して翰林院の庶吉士となり、官は礼部尚書に至りました。
 
当時の美術界で領袖の地位にあった董其昌は、後世の数多の書画家に影響を与えた大家でもあります。董其昌の書画と理論は啓発と創造性に富み、「妙在能合,神在能離」(その妙は古人の精神を求めることにあり、古人の模倣から脱することにある)という境地を追い求めました。古代の名家の絵画を幅広く学ぶ中で、唐代以来の絵画発展史において「南北二宗論」を提唱する一方、臨書と倣書の伝統という枠組みを超え、筆墨の抽象的な美と躍動感溢れる画面構成をこれまでにないレベルにまで高めました。独自の画風を築いたのみならず、画道へのあくなき探求も体現し、その画風だけでなく「集大成」という主張が、後に発生する文人画風の変遷をも導いたのです。書法の面では、古典を踏まえつつも新たな臨摸観を提唱し、典雅で秀麗な伝統の書風を特に好みました。明代晩期書壇の盟主として、董其昌もまた清代初期の皇帝に好まれ、清代館閣書家の源流にもなりました。書画作品の鑑賞にも優れていた董其昌は、自身も古代の名作を大量に収集しただけでなく、他の収蔵家の所蔵作品を多数鑑賞する機会にも恵まれ、その経験を元に独自の書論と画論を展開し、それが自身の創作理念と実践の裏付けにもなりました。当時、董其昌が提唱した様々な観点は、現在でも書画の創作や芸術史の研究に大きな影響を与え続けています。
 

 

 

 

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