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明代・呉門画派の創始者、沈周―傑作の裏に秘められた「猫奴」の苦悩と「白菜」への愛着
2025-10-30

はじめに:高潔な文人の意外な素顔
沈周(しんしゅう)――彼は明代呉門画派を切り開いた開創人として、中国美術史に名を残す巨匠です。
普段、彼は自宅で読書、書道、絵画に没頭し、たまに友人と少量の酒を酌み交わすという、いかにも高潔な文人の生活を送っていました。
しかし、その高潔なイメージの裏側には、紛れもないの「猫奴」(猫のしもべ)としての、人間味あふれる側面がありました。今回は、沈周の作品や詩文に残された、彼の私的で愛すべきエピソードをご紹介します。
1. 新居「有竹居」を襲ったネズミの群れと愛猫の出奔
沈周が「猫奴」としての苦悩を味わったのは、成化七年(1471年)の春、彼が新居である「有竹居」に引っ越した後でした。
新居は素晴らしい場所でしたが、最大の欠点はネズミが多すぎたことです。夜になるとネズミたちは公然と憚ることなく、物を噛んだり鉢をひっくり返したりし(齧案翻盆恣相逐)、徹夜で騒ぎ続けました。ついには大胆なネズミが枕元にまで現れ、「共枕眠」を妄想するほどだったと、沈周の『奉和陶庵世父留題有竹別業韻六首』に記されています。
騒音で眠れなかったある晩、沈周はかつて飼っていた愛猫、烏圓(う えん)のことを思い出し、寝床を離れて『失猫行』という詩を書き上げます。
頼れる相棒、「烏圓」
• 名前: 烏圓
• 特徴: 体は小さかったが、「爪牙棱棱威比屋」(爪は鋭く、家中に威厳を放つ)と謳われるほど頼もしかった。
• 関係性: 沈周の積み上げた書物の上を縦横無尽に走り回り(堆床図籍任縦横)、親密な関係でした。
しかし、ある日、烏圓は音もなく家出してしまいました。沈周は、自分が烏圓にネズミ捕りの任務を負わせすぎたこと、そして「干し魚を十分に与えなかった」(労多飼缺忽他走)ことが原因ではないかと推測し、深く自らを責め嘆いています。
2. 『失猫行』に託された沈周の政治的憂慮
愛猫の喪失を描いた『失猫行』ですが、沈周はこの詩の途中で突然、筆致を変え、私的な嘆きを公的な憂慮へと昇華させます。
彼は歴史上の教訓を引き合いに出しました。
1. 伍子胥(ごししょ)が冤罪で死んだ後、呉が滅びた(伍胥刔目呉終泯)。
2. 張九齢(ちょうきゅうれい)が貶官された後、唐が衰退し始めた(九齢見廃唐中覆)。
沈周は、「古来、世の事もそうである」(古来世事無不然)と感嘆します。これは、捕鼠の賢才であった烏圓が去ることで家がネズミに乱されたように、賢能な人物が国を去ることで乱象叢生(乱れた現象)が多発するという、時局に対する彼の深い憂いを表していたのです。
沈周は終身不仕(生涯官職に就かない)という家風を守りましたが、友人である王鏊(おう ごう)が記した『沈隠士石田先生墓志銘』には、「然每聞時政得失,則憂喜形於顔面」(時政の得失を聞くたびに、憂いや喜びを顔に表した)とあり、彼は世を忘れた者ではなかったことがわかります。
沈周 《臥游図冊》 北京故宮博物院
3. 「白石翁」のユーモアと飾らない「白菜愛」
沈周の魅力は、その可愛らしく奔放な性格にもあります。
彼は、自分の齋号(書斎の別号)「白石翁」に関する小記を書いてくれる約束をした友人、楊循吉(よう じゅんきつ)に対し、催促の詩『速楊君謙石田記』を書いています。
「なぜ他の人の記はたくさん書いているのに、独独私のものはまだなのか?」「もしかして『白石翁』という名前が古臭いから、書いてくれないのか?」
と冗談めかして問いかけた後、すぐに楊循吉の文才を漢代の司馬遷(しばせん)に匹敵すると大いに称賛し、「毎日首を長くして待っているのだから、きっと早く書いてくれるよね」(遑遑日翹佇,拜嘉亦当有)と、お茶目に締めくくっています。
沈周 《辛夷墨菜図》 北京故宮博物院
沈周がこよなく愛した食材
沈周の愛すべき側面の極め付けは、彼の白菜(ハクサイ)への深い愛情です。彼は多くの白菜の絵を描きました。
• 『蔬菜図』(台北故宮博物院所蔵)の中で、沈周は雨後の菜園の白菜が、「党氏の銷金帳の中で食べる羊肉よりも肥美である」と称賛しています。
• 彼は特に白菜梆子(白菜の芯)を好み、「美味しく、そして非常にお腹が満たされる」(一啜一飽)と述べています。
• 高齢になり、固いものが噛みにくくなると、白菜梆子を粥と一緒に煮込んで食べ、「これもまた老人にとって美味しいものだ」(自便是老人)と記しています(『卧游図冊』より)。
沈周 《臥游図冊》 北京故宮博物院
沈周 《臥游図冊》 北京故宮博物院
沈周 《写意冊》 台北故宮博物院
沈周は『題菜』の中で、彼の素朴で満ち足りた幸福をこう表現しています。
後畦初雨,南園未霜。 朝盤一著,歯頰生香。 先生飽矣,其楽洋洋。
(裏の畑に雨が降り始め、南園はまだ霜が降りていない。朝の膳に並べれば、口の中に香りが広がる。先生は満腹となり、その喜びは満ち溢れている。)
沈周の芸術は、彼が一生を通じて自ら農作業をし、周囲の動物、びわ、野の花といった身近なモチーフを昇華させた結果生まれたものです。彼の愛猫とのエピソードや、飾らない「白菜愛」は、偉大な巨匠が持っていた、温かく人間味あふれる側面を私たちに伝えてくれます。
(不同艺)
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